チリにおける持続可能な沿岸漁業及び養殖に資する赤潮早期予測システムの構築と運用 (Monitoring of algae in Chile)
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プロジェクト紹介

食料生産は、人類の存続に不可欠な活動であり、地域の産業経済活動に重要な基盤を与えるものです。その一方、不適切な生産管理は深刻な自然環境破壊の契機となり、結果として食料生産を不可能にしてしまいます。現在、多くの先進国は食料を輸入に頼っていますが、食料生産・輸出国側における環境生態系異常には、数多くの例が見られます。 日本への輸出食料生産に関係がある可能性がある環境破壊として、近年観察されるチリ沿岸における生態系異常、特に頻発する赤潮が挙げられます。本チリ・日本間共同プロジェクトでは、チリにおける赤潮動態決定要因の理解を目指して、藻類を含む生態系全体をホロビオーム(holo =全体、biome=生態系)として把握し、その構成種間の相互作用を環境微生物学的観点より読み解き、赤潮動態の理解に役立てることを目的としています。

SATREPS MACH英語版パンフレット(PDF version; 一般向け)

 

SATREPS MACH英語版パンフレット(PDF version; 研究者向け)

 

SATREPS MACH英語版ポスター(高解像度版)

I. 研究の背景

チリと日本の関わり


赤く示した部分が、サケ養殖が盛んなプエルトモント。青字が相手国研究機関のアントファガスタ大学(UA)、ラフロンテラ大学(UFRO)、ロスラゴス大学(ULA)の位置を示しています。

チリは、日本の水産物輸入相手国第2位であり、特にサケ・マスは輸入総額12億ドル(約77%)をチリに依存しています(平成26年水産庁発表資料)。チリにとって、サケ・マスは1960年代に日本JICAの技術協力により導入された「外来種」であり、その生産は100%養殖によるものです。チリのサケ・マス輸出総額は、2004年~2014年に13億ドルから36億ドルと急増し、それまでは活発な産業活動が見られなかったチリ南部に経済的安定をもたらしました。一方で、時期を同じくして、養殖の盛んな水域だけでなく、チリ沿海の広い範囲で魚病蔓延と赤潮頻発化が問題となっています。特に、2016年3~5月にプエルトモント周辺(地図中 赤矢印)に発生した大規模な赤潮による被害総額は5~10億ドル(総生産額の15%以上)といわれ、チリ水産業に深刻な打撃を与えました。また、このような魚類斃死のケースに加え、麻痺性貝毒原因藻が構成する赤潮発生により天然・養殖二枚貝への毒性物質蓄積が報告されており、養殖以外の地元水産業及び公衆衛生への深刻な悪影響が見られています。これらの被害に有効な対策を打つために、環境微生物学的見地からの研究による詳しい原因究明が喫緊の課題となっています。

赤潮と生物間相互作用(ホロビオーム)

赤潮の動態は、水温、塩度、栄養塩濃度、日照時間などに影響を受けることはよく知られています。このような物理化学的環境要因に加えて、生物学的要因が赤潮の動態を規定することが明らかになってきました。例えば、赤潮の消滅は、殺藻性細菌やウイルス感染による赤潮原因藻の死滅であることが明らかにされてきました。特に、ウイルス感染は、宿主とウイルス間の分子レベルでの特異的相互作用に規定される現象であることから、種特異的に殺藻することで、赤潮を形成した種を殺滅し、生態系バランスを赤潮発生以前に近いものにまで押し戻すこととなります。また、殺藻性細菌も、赤潮原因藻密度が最高に達するのと前後して急激に増殖し、赤潮原因藻を殺藻することで、赤潮終結を引き起こすことが明らかになっています。

一方で、赤潮の発生段階、つまり、赤潮原因藻の急激な増殖の原因におけるメカニズムについては未だ多くの不明な点があります。最近、幾つかの研究により、植物プランクトンと海洋微生物の種特異的な相互作用により、藻類増殖が促進されるという報告がされ始めており、このような増殖促進作用のある随伴細菌と藻類の相互作用が、増殖誘発要因の一つである可能性を示しています。

以上より、赤潮動態は、単独の種としての赤潮原因藻に対する水温、塩度、栄養塩濃度、日照時間など、物理化学的環境要因による影響に加えて、水域に共存する他の微生物種との相互作用により規定されている可能性が高いと考えられます。この様な藻類を含む生態系全体をホロビオームとして把握し、その構成種間の相互作用を読み解くことが、環境における赤潮動態の理解に必要であると考えられます。このためには、ホロビオーム構成微生物類の単離・同定や相互作用解析に加え、近年進歩のめざましいメタゲノム・メタトランスクリプトーム解析などにより、赤潮動態をホロビオーム構成変化の観点より読み解く研究が必要であることから、本国際共同研究を立案しました。本研究により、これまでの国内外における赤潮研究に見られなかった環境微生物学的要因が赤潮動態に及ぼす影響についての知見が得られることが期待されます。以上より、本研究より得られる知見は、チリだけでなく、日本をはじめとする他国における赤潮対策に資することが期待されます。

II. プロジェクトの目標

本プロジェクトは、基礎科学研究と研究結果を実用に繋げる社会実装の2つの面を持ちます。私たちは、まず、赤潮ホロビオーム解析による赤潮の環境動態解析(基礎科学研究)を行い、その結果に基づいた実用化研究を行なった上で、赤潮動態予測と赤潮対策の策定に役立てる(社会実装)ことを計画しています。これらの計画を達成することで、チリにおける持続可能な養殖技術の確立による生産安定化と周辺環境保全が見込まれます。また、プロジェクトは、チリと日本の間の活発な科学交流を促進し、チリにおけるアウトリーチによる科学教育に貢献することも目標としています。

基礎科学研究

メタゲノム解析による赤潮ホロビオーム構成変動解析

赤潮の微生物フロラ(赤潮ホロビオーム)構成とその変動をメタゲノム解析により明らかにします。赤潮が頻発する5地点(プエルトモント周辺)と、対照区3地点(テムコ・アントファガスタ・プタアレーナス)にて、定期的に海水(11〜3月:週一度、その他:2週に一度)および底泥(月一度)サンプルを採取し、メタゲノム解析を行います。同時に、水域における海流、潮汐、風、水温、水質等の環境要因について、サンプリング地点を含む多地点でモニタリングします。赤潮ホロビオーム構成変動と環境条件変動が、赤潮動態とどのように相関するかを解明します。

赤潮ホロビオーム構造決定因子の同定

特に赤潮が頻発する地点より採取した海水・底泥より、赤潮ホロビオームを構成する生物群を単離・同定し、同水域で赤潮を構成している赤潮原因藻・細菌・ウイルスをカタログ化します。単離した赤潮原因藻の最適生育条件を決定し、さらに、随伴細菌による赤潮原因藻増殖促進、あるいは、細菌およびウイルスによる赤潮原因藻殺藻といった種間関係についての情報を得ます。以上より、環境における赤潮原因藻動態を決定する環境微生物学的因子を同定します。また、単離したホロビオーム構成生物については部分的にゲノム配列を同定することで、種特定マーカーの選出に必要な情報を蓄積します。

応用化研究

簡易モニタリング・キットの開発

上述したメタゲノム解析および赤潮ホロビオーム動態およびその決定因子についてのデータをもとに、まず、主要な有害赤潮藻種と赤潮ホロビオームに含まれる微生物のうち、赤潮動態予測に重要と目される微生物種を検出する検査キットを開発します。この検査キットは、既に他の目的で使われている確立された技術(例えば、LAMP法、核酸クロマトチップなど)に基づくもので、1テスト数百円程度のコストで、1、2時間程度で結果が得られるものを想定している。有害赤潮種および赤潮ホロビオーム解析から得られる赤潮動態予測に重要と目される微生物種に特異的に見出されるDNA配列を検出するようデザインします。加えて、赤潮の動態を予測する動態予測マーカーの開発を行います。これは、RNAを用いた定量PCRによるものと、光合成活性を簡易センサーで測定する方法を予定しています。これらに、簡易なDNA/RNA抽出キットを加えた構成のモバイルスーツケースラボをデザインし、より高精度でモニタリングが出来るよう開発を進めます。マニュアル作成とトレーニングにより、分子生物学的研究の未経験者でも扱える製品構成を想定しています。

簡易キットによる多地点ホロビオーム・モニタリングと赤潮動態予測法の開発

次に、このキットを多くの水産業従事者に使用してもらい、その結果を集積することで、各地点における赤潮ホロビオーム微生物の量的変動を明らかにします。赤ホロビオーム微生物の量的変動と、各地点における環境条件変動についてのデータを統合し、水産業が盛んな水域の各地点における赤潮動態の予測法を開発します。チリには、政府機関SERNAPESCA、公益財団法人IFOP、および業界団体であるINTESALが行っているモニタリング・プログラムで得られたデータが独立に集積されています。これら3団体の過去のデータを我々のモニタリング結果と統合し、より多くの情報に基づいた機械学習法による予測方法の確立を目指します。

社会実装

産官学連携体制の構築

赤潮に関する情報共有とデータ統合を進めるとともに、赤潮関連団体の間の連携体制を構築します。まず、IFOP、SERENAPESCA、INTESALと共に貝毒モニタリングを担当する保健省、と環境問題の監視機関であるSMA、および二枚貝およびサケ養殖事業者とHAB関連研究者による赤潮関連問題連絡シンポジウムをプロジェクト実施期間内に年に1回開催します。加えて、一般向けの研究セミナーや各種研修会を年1、2回程度開くことで、産官学間の認識共有とともに連携を深め、以降の情報共有と対策策定に資するとともに、一般市民やNPOなどにも、広く本プロジェクトの目的や内容の周知に尽力します。

赤潮早期警戒情報発信体制、システムの構築

事業者が行うキットによるホロビオーム・モニタリングおよび環境条件モニタリングの結果とそれらに基づいた動態予測を、水域で操業する水産業従事者に広く伝達する方法を確立します。IFOPがすでに紙・電子媒体にて事業社への発信(Bolletin他)を定期的に行っているため、本プロジェクトではIFOPと連携して、このBolletin等の発信媒体の情報をアップグレードし、赤潮モニタリング結果と、赤潮予想を盛り込んだ『赤潮ウェザーニュース』配信を行うことで、赤潮早期警戒情報発信システムを構築します。同時に、本研究で確立した予測法の検証を随時行い、予測精度の向上を目指します。